江袋教会(Ebukuro Church) 


五島新魚目町 1882年ごろ設立 木造
2007年2月12日焼失
柿森和年撮影


自然に抱かれた祈りの場

東京から長崎に越してきた私には、長崎の教会群はとても幻想的な景観を醸し出し長崎の特 異性を与える。例えば長崎以外の土地では、集落を探し出すと、いや長い旅路から集落に到着すると、神社がそのシンボルとして迎える。神社を探せば集落に着 く。長崎では、集落を探せば教会がある。そして旅人を探せば教会がある。そして旅人をふっと抱え込むのである。
 長崎の教会群は歴史への想像力をかきたてる。はるか昔、カクレキリシタンと呼ばれた信者は、どのような想(おも)いをこめて舟を漕(こ)ぎ、海を渡り、 祈りの場に着いたのか。どのような想いを次世代に語りつごうとしたのか。そして今、長崎の教会は歴史の証人をして、何を語りつごうとしているのか。それを 解く想像力を私たちに迫るようだ。
 インドネシア・スラウェシ島山岳民族トラジャ族をフィールドワークにしてきた私は、人も行かないような雄大な連山の山中に集落の中心として教会があるこ とに何度救われたことか。歩くことに疲れきった研究者にとって、そこは唯一の救いの空間だった。部材もまばらな屋根と椅子(いす)があるだけの村人が立て た小さな堀っ立て小屋、それが教会。そこで祈る人々。それは大自然に抱かれた祈りの原点として感動するものだ。
 江袋教会は、そんな村人の建てた小さな教会を回想させるものだった。木造の民家形式の教会は、五島の海を背景にひっそりと在った。長崎の教会群は、現在 ミサが巡回で行われるところもあるが、祈りの場としての役割を延々と続けている。江袋教会は、板張りのリブ・ボールドの天井や、塗り直したペンキの跡はあ るものの、和小屋組みの生きた天主堂としては、最も古い建物だと聞く。
  祈りの場としての教会、建築美としての教会を、「歴史的景観」としてどう意味づけられるか、世界遺産とするためのポイントだろう。江袋教会は、これを問え る知恵を私たちに問うているように思う。

2003年7月12日長崎新聞掲載

江袋教会に想う

長崎新聞に江袋教会「自然に抱かれた祈りの場」を書いたのは平成15年7月12日付けで あった。江袋教会は、私のフィールドにしているトラジャ族の山中の教会を想い抱くものであった。江袋教会は「教会」を主張しない教会建物であった。建物は 火事で消失したが、幸い修復可能で文化財の指定もされるとのことである。和小屋組みの生きた天主堂としては最古の建物だという。このような教会が修復され ることは喜ばしいことである。しかし、たとえ建物がなくなっても信仰を捨てなかった人々、信仰を守り続けた人々の、「祈る」行為は消えるわけではない。こ れが長崎の教会群が現在も存在している意味であることを私たちは忘れてはならないと思っている。

細田亜津子(ほそだ・あつこ、長崎国際大学人間社会学部教授)

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