神ノ島教会 


長崎市神ノ島町。1897年献堂式。れんが造り

信者の心に空と海結ぶ


神の島教会はすでに百年祭を過ぎている。長崎湾の入り口の崖(がけ)の上に聳(そび)えるその姿は、幾度も台風と嵐の攻撃に耐えてきた。海から来る船にとって灯台のようであるが、教会の門の前に立つ人には展望台になる。灯台と展望台として、島に住んできた信者の心に空と海を結ぶ。
1897年12月8日、献堂式が行われたが、教会としての歴史は65年の信徒発見まで遡(さかのぼ)る。その当時二人の兄弟忠吉と政吉は、大浦の宣教師と連絡を取り、忠吉は神ノ島の潜伏キリシタンを教会に復帰させたが、71年、佐賀の牢屋(ろうや)で信仰のため命を捧(ささ)げた。大浦の宣教師は秘(ひそ)かに島を渡り、民家でミサを捧げていた。
 ついに81年、ラゲ神父は木造の天主堂を造り、97年、デュラン神父の設計に従って現代の教会が建てられたロマネスクスタイルで、白く塗った頑丈な壁に細い窓の両側に控え壁があって、建物を支えると同時に海風の力を止める。窓と三つの間の円形が石造りで、丁寧にできている。内部は三廊式でリブ・ヴォールトの天井がわりあいに低く、束ね柱から出る両側の廊のアーチがさらに低くて、美しい色ガラスから入る光とともに祈るため温かい雰囲気を醸し出す。
 教会の下の浜の岩の上に等身大の聖母像が立っていて、海岸から数十メートル離れた高鉾と言う無人島に、1617年、伝道士ガスパル彦次郎とアンデレス吉田が殉教を遂げた。教会は聖フランシスコ・ザビエルに捧げられている。

結城了悟(ゆうき・りょうご、日本二十六聖人記念館館長)
2003年1月19日長崎新聞掲載